カルシウム拮抗薬は、血管を広げて血圧を下げる効果がある薬です。その仕組みは、細胞外液からカルシウムが細胞内に入るのを防ぐことで血管を拡張するもの。しかし、「カルシウム」という言葉から、食べ物で摂るカルシウムと混同して、「カルシウムを摂ると薬が効かなくなるのでは?」と心配する患者さんも少なくありません。さらに、カルシウムがカルシウム拮抗薬に影響を与えないことは理解していても、患者さんにその理由を分かりやすく伝えるのが難しいと感じたことがある方も多いのではないでしょうか?本記事では、カルシウムとカルシウム拮抗薬の関係について科学的根拠に基づいて説明します。患者さんへの説明に悩む方、必見です!
実際の状況
87歳女性
服用している薬は
- ノルバスクOD5mg
- エディロール0.75μg
私の血圧の薬はカルシウムの働きを抑えるって書いてあるのに骨粗鬆症の薬にはカルシウムの吸収を促進するって書いてあるわ。
この2つの薬はお互いに邪魔をしているのではないかしら?
実際に薬情に書かれてある文章
ノルバスクOD5
薬効:血圧を下げたり、狭心症を改善する薬です。血管や心筋を収縮させるカルシウムの働きを抑え、血管を広げて血圧を下げたり、心臓の負担を軽くして狭心症を改善します。
エディロール0.75μg
薬効:骨粗鬆症を改善する薬です。ビタミンDを補い、腸管からのカルシウムの吸収を促進し、また、骨を壊す細胞の働きを抑え、骨の形成を助けます。
確かにこの文章を見ると一方はカルシウムの働きを抑えるのにもう一方は吸収を促進すると書かれてあるので矛盾しているように見える。
カルシウムの吸収機序、カルシウム拮抗薬の作用機序をそれぞれ見ていこうと思う。
カルシウムを摂取してからの経路
食物中のカルシウムは胃酸によって溶解し、カルシウムイオンとなって腸に送られ、腸管から吸収される。すべてのカルシウムが吸収される訳ではなく、食事で摂ったカルシウムの20~30%程度しか吸収されないこともある。小腸で吸収されたカルシウムは、そのまま血液の中に運ばれる。そして、この血液中のカルシウムは、骨や歯を作る材料として使われたり、筋肉を動かすために使われたりする。体内の99%は骨と歯に存在し、残りの1%は血液や組織液、細胞に含まれる。
調整機能
体は血液中のカルシウム濃度を厳密にコントロールしているため、外部からのカルシウム摂取が急に濃度を上げることはない。
カルシウム濃度を一定に保つために働く主な器官
- 副甲状腺
- 腎臓
- 腸
- 甲状腺
器官 | 調整の働き |
---|---|
副甲状腺 | ・血中カルシウム濃度が下がると副甲状腺ホルモン(PTH)を分泌 ・骨からカルシウムを放出(骨吸収) ・腎臓でカルシウム再吸収を促進 ・腸でのカルシウム吸収をビタミンD経由で助ける |
腎臓 | ・副甲状腺ホルモンの指令で尿中へのカルシウム排泄を減少 ・血液中に戻す再吸収を増加 ・活性型ビタミンDを生成し腸でのカルシウム吸収を促進 |
腸 | ・食事で摂取したカルシウムの20~30%を吸収 ・活性型ビタミンDの作用で吸収率が増加 |
甲状腺 | ・カルシトニン分泌により、骨へのカルシウム蓄積を促進 ・腎臓でのカルシウム再吸収を抑制し、尿中排泄を増加 |
もし血液中のカルシウム濃度が一定に保たれない場合
特に高カルシウム血症の場合、以下のような影響が生じる可能性がある
血管平滑筋細胞へのカルシウム流入が増加
これにより、血管平滑筋が収縮しやすくなり、血管が狭くなったり血圧が上昇したりする可能性がある
カルシウム拮抗薬の作用機序
血管が収縮する仕組み
カルシウムイオンの流入
体が血管を収縮させる必要があると判断したとき(神経やホルモンからのシグナルがある場合)。
ストレスや運動、酸素不足などで血流の調整が必要なとき。
血管平滑筋細胞の細胞膜にあるカルシウムチャネルが開口し細胞外から細胞内へカルシウムイオンが流入する
濃度差を利用する仕組み
細胞内のカルシウムイオン濃度は細胞外に比べて約1万倍低いため、チャンネルが開くと大量のカルシウムイオンが急激に流入する。
たんぱく質との結合
細胞内に流入したカルシウムイオンはトロポニンCなどの特定のたんぱく質と結合する。
筋肉収縮開始
カルシウムとたんぱく質の結合が血管平滑筋を収縮させる一連の反応を開始する。
血管径の変化
血管平滑筋細胞の収縮により血管径が減少
カルシウムチャネルの働きは血中カルシウム濃度ではなく、神経やホルモンなどによって調整される。つまり、食事由来のカルシウムが薬の効果に影響を与えることはない。
カルシウム拮抗薬が効果を表す仕組み
カルシウム拮抗薬は、血管平滑筋細胞内にカルシウムが入り込むのを抑えることで、血管を広げる。
カルシウム拮抗薬の作用は「血液中のカルシウム濃度」に依存しない。カルシウム拮抗薬が標的にしているのは「カルシウムチャネルの開閉」であり、血液中のカルシウムの量(濃度)ではない
血圧の薬(カルシウム拮抗薬)は血液中のカルシウムに影響しますか?
いいえ、カルシウム拮抗薬は血液中のカルシウムには影響を与えません。この薬が作用するのは、血管の筋肉にある「カルシウムチャネル」というカルシウムの通り道だけです。血液中のカルシウム濃度そのものを変えるわけではないので、安心してください。
食事由来のカルシウムがカルシウム拮抗薬の作用に影響しますか?
いいえ、食事由来のカルシウムが薬の効果に影響を与えることはありません。体には血中カルシウム濃度を一定に保つ仕組みがあるため、食事で摂取したカルシウムが薬の作用を妨げることはありません。
まとめ
食事由来のカルシウムがカルシウム拮抗薬に影響を与えない理由は以下の通り。
- カルシウム拮抗薬は血液中のカルシウムではなく、血管平滑筋にあるカルシウムチャネルに作用する。
- 体内の調整機能により、血中カルシウム濃度は一定に保たれているため、食事で摂ったカルシウムが急激に影響を与えることはない。
これは自分自身が患者さんに質問された際、上手く答えられなかった経験を元にまとめた内容です。日々の業務でお役立ていただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました!
参考資料
千葉県公式ウェブサイト https://www.pref.chiba.lg.jp/kenshidou/faq/305.html
厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0529-4ac.pdf
MSDマニュアル家庭版 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/12-ホルモンと代謝の病気/電解質のバランス/体内でのカルシウムの役割の概要?utm_source=chatgpt.com
バイエル薬品株式会社 https://pharma-navi.bayer.jp/sites/g/files/vrxlpx9646/files/2020-11/text3.pdf
コメント